KAMMENNYI TSVETOKー棗猫の標本箱

"KAMMENNYI TSVETOK(カーミニツヴィートク)"は鉱物蒐集に関する個人的な覚え書きのBlogですFC2より引っ越しました。 サイト名は真の美しさを求め石の花を追い求める石工を描いたロシアの作家パーヴェル・バショーフの小説集の題名「石の花」のロシア語表記から採りました。 *当サイトの管理人は著作権を放棄しておりません、文章及び画像の無断転載はご遠慮下さい。

アデュラリアンムーンストーンの謎(後編)

アデュラリア部分

さて昨日の話しの続きです。


氷長石とムーンストーンについて調べていたら一冊の本に行き当たりました。

秋月端彦著「虹の結晶」という本です。

著者は鉱物学者で氷長石を専門に研究している方です、この本に氷長石(Adularia)とムーンストーンの関係について非常に詳しく書かれていました。


この本には氷長石にはムーンストーンのような閃光(シラー)は出る事が無いと書かれているのです。

何故氷長石にはムーンストーンの様なシラーが見られないのでしょうか?

氷長石とは低温で晶出される菱形の結晶型を示す特殊なカリ長石で、下の図のように正長石とは結晶の形が異なります。



ムーンストーンの方は昨日のエントリーに書いたように混合石です、ムーンストーンの閃光(シラー)は正長石の中に含まれる曹長石の微細な(電子顕微鏡クラス)葉片状の結晶が正長石の結晶と交互に積み重なって出来た層状構造によって光が偏光することに因って起こります。

長石の結晶は地下深く高温マグマや熱水中ではカリウムやナトリウムといった異なる元素同志が共存し編み目状の結晶を構成しますが、地表に近くなり温度が下がってくるとそれぞれの沸点が違う為薄層に分離し、平面上や波状、菱面状の境目を生み出します。

しかし氷長石は混合石では無く低温で晶出されたナトリウムを殆ど含まないカリ長石であり曹長石の葉片状組織を含まないのでシラーを生じる事はないと言うのです。


え?じゃぁムーンストーンの閃光を表すアデュラレッセンスと言う言葉はいったい何なのでしょう?

実はこれにはとても複雑な事情があったのです。

秋月端彦氏はムーンストーン独特の閃光(シラー)がアデュラレッセンスと呼ばれる様になった理由として次の2つを上げています。

1.もともとムーンストーンはその透明な外観から氷長石の変種と見られてた、そこでムーンストーン独特の閃光(シラー)を本家である氷長石(Adularia)の名を採ってアデュラレッセンスと呼ぶようになった。


2.欧州の鉱物学者の多くが、アルプスで採れる「透明な正長石」を鉱物学的に氷長石の特徴を持っていなくても透明であれば慣例としてAdulariaの名前で呼んでいる為。この石が持っていたシラーを指してアデュラレッセンスと呼ぶようになった。

いずれにせよ誤解から生じたものでありムーンストーン独特のシラーをアデュラレッセンスと呼ぶのは間違いであると秋月氏は著書の中で論じています。

ムーンストーンのシラーをイリデッセンスと呼ぶ言い方もありますがイリデッセンスは虹彩効果の事ですからムーンストーンのシラーにこの言葉を使うのは明らかに間違い。もしかしたら上の写真の様な原石に見られる結晶中の空間に張った空気膜による虹彩を表現していたものが誤用されてしまったのかも)


ここで一旦話しを整理してみましょう。

1.氷長石とは低温で晶出される菱形の結晶型を示す特殊なカリ長石であり正長石とは区別される。

2.氷長石は混合石ではないのでムーンストーンにょうなシラーが出る事は無い。

3.産地の鉱物学者は、その石が鉱物学的に正長石で氷長石の特徴を持っていなくても透明であれば慣例としてAdulariaの名前で呼んでいる。

以上の点を踏まえるとアデュラリアンムーンストーンと呼ばれている宝石は以下のような石だと考えて良さそうです。


アルプス周辺で産出する透明度の非常に高いムーンストーンで正長石系の混合石、慣例としてAdulariaと呼ばれるが鉱物学上の氷長石とは異なる。(追記:別の見解もある事がわかりました

こちらをご参照下さい。


それにしてもつくづく長石グループはややこしいです。

鉱物学的にどうであれアデュラリアンムーンストーンと呼ばれる月長石が極めて魅力的である事には変わりはありません。

アデュラリアンムーンストーンがもつ独特の清浄感はアルプスという生成地の特殊な環境から来るのかも知れません。

以前に同じ産地のバリウム含有のムーンストーンの原石を見る機会があったのですが、その石はアデュラリアンムーンストーンの原石に非常に良く似ていました。(同じものかも知れない)ですからあの独特の青白色のシラーにはもしかしたらこの石に含まれる微量のバリウムが関係している可能性もあるかも知れませんね。